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阿波の遊行弍
言葉の奥底に眠る物語
言葉が音楽へと変わる瞬間、そこには名付けようのない感情が芽生えます。「阿波の遊行弍」では、歌詞の背後に隠された文脈や多層的な意味を、丁寧な思索とともに紐解いていきます。この緻密な解釈のプロセスこそが、楽曲に真の命を吹き込み、聴き手の心に深く永く響き続けるための指針となるのです。
3:貞光町川見の踊り念仏 31秒
「踊り念仏」は鎌倉時代に流行し、全国
各地に定着化する過程で「念仏踊り」として芸能化した。
ところが、貞光町端山の川見と木屋の二か所に、芸能化する以前の形を遺した
「踊り念仏」が、奇跡的に残されていた。
踊りは、集落内の小さなお堂の中で、鉦打ちを真ん中にして念仏を唱えながら回る
単純なもの。川見では両足で跳びあがる。木屋ではなんと後ろに後ずさりしながら回る。
記録された写真を見ると、「一遍聖絵」で描かれた「踊り念仏」の踊り方に酷似
している。実は一遍上人は、1289年に讃岐から阿波に入り、吉野川流域で二ヶ月ほど
布教を行っていた記録がある。剣山北麓のこの二つの地区で、一遍の伝えた原型に近い
「踊り念仏」が、近隣の地区の人々も知らないまま、延々と踊り伝えられてきていた。
檜氏の調査によると、木屋も川見も、同じ日に踊っていたため、お互いに同じような
踊り念仏を行っていたことを、つい最近まで知らなかったそうである。
ナッポミドーヤ
ソリャ
ナムアミドーヤ
コリャ
ナンモーデ
ナンモーデ
右は、「一遍上人絵伝(中央公論社)」に描かれている「踊り念仏」。
左は川見堂のもの。約700年を隔てていても、踊りの形は酷似している。
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