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阿波の遊行弍

言葉の奥底に眠る物語

言葉が音楽へと変わる瞬間、そこには名付けようのない感情が芽生えます。「阿波の遊行弍」では、歌詞の背後に隠された文脈や多層的な意味を、丁寧な思索とともに紐解いていきます。この緻密な解釈のプロセスこそが、楽曲に真の命を吹き込み、聴き手の心に深く永く響き続けるための指針となるのです。

16:津田のよしこの     

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徳島市の津田は、旧市街から川を隔てて紀伊水道に面した古くからの港町である。

 

ここには、いわゆる「阿波よしこの節」とは別に、この地域独特の「津田のよしこの節」

 

が伝わっている。「よしこの節」は、町田嘉章氏の説によれば、九州で歌われていた

 

「ハイヤ節」が北前船のルートに乗って日本海を北上、各地の港に足跡を残し、

 

津軽を回って太平洋を南下、最後は「潮来節」となり、そこから「都々逸」や「よしこの節」

 

が生まれ、「阿波よしこの節」はその系統とされている。

 

しかし「津田のよしこの」は、九州のハイヤ節で歌われる囃子言葉がふんだんに用いられてお

 

り、囃子言葉は九州からの直輸入の可能性が強い。

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漁師町なので海難事故で亡くなる人もあり、新盆にその人の魂を呼ぶ「魂呼び」のために

 

踊るという意識も強い。お盆に「あの世」から一時帰宅した人を、賑やかな歌と踊りでもてな

 

し、また機嫌よく「あの世」へ戻って頂くのである。

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歌え歌え 三十まで踊れ 三十過ぎたら 子が踊る

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一丁目の端まで行かんか 来い来い

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年は寄れども 気は若松で ところ良ければ 誰も好く

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ついておいでよ この提灯に けして苦労は さしはせぬ

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  一丁目の端まで行かんかこいこい それからついて来い

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  ひょうたんばかりが浮きものか 私の心も浮いてきた

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  なんぼ四つ目の錨でも 轆轤で巻いてりゃ寄ってくる

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嫌なら嫌じゃと 早よ言うておくれ 嫌なお前さんなら 添いはせぬ

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  池又菓子屋じゃ 日の出は餅屋じゃ いかんか来い来い

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山は焼けても 山鳥飛ばぬ 可愛わが子にひかされて

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墨染の 衣来てさえ 女に迷う ましてわしらは無理はない

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  ひょうたんばかりが浮きものか 私の心も浮いてきた

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  はあエジャナイカ エジャナイカ ヨイヨイヨイヨイ

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