阿波の遊行弍
言葉の奥底に眠る物語
言葉が音楽へと変わる瞬間、そこには名付けようのない感情が芽生えます。「阿波の遊行弍」では、歌詞の背後に隠された文脈や多層的な意味を、丁寧な思索とともに紐解いていきます。この緻密な解釈のプロセスこそが、楽曲に真の命を吹き込み、聴き手の心に深く永く響き続けるための指針となるのです。
16:阿波踊り 津田のよしこの節 6分37秒
徳島市の津田は、旧市街から川を隔てて紀伊水道に面した古くからの港町である。
ここには、いわゆる「阿波よしこの節」とは別に、この地域独特の「津田のよしこの節」
が伝わっている。「よしこの節」は、町田嘉章氏の説によれば、九州で歌われていた
「ハイヤ節」が北前船のルートに乗って日本海を北上、各地の港に足跡を残し、
津軽を回って太平洋を南下、最後は「潮来節」となり、そこから「都々逸」や「よしこの節」
が生まれ、「阿波よしこの節」はその系統とされている。
しかし「津田のよしこの」は、九州のハイヤ節で歌われる囃子言葉がふんだんに用いられてお
り、囃子言葉は九州からの直輸入の可能性が強い。
漁師町なので海難事故で亡くなる人もあり、新盆にその人の魂を呼ぶ「魂呼び」のために
踊るという意識も強い。お盆に「あの世」から一時帰宅した人を、賑やかな歌と踊りでもてな
し、また機嫌よく「あの世」へ戻って頂くのである。
歌え歌え 三十まで踊れ 三 十過ぎたら 子が踊る
一丁目の端まで行かんか 来い来い
年は寄れども 気は若松で ところ良ければ 誰も好く
ついておいでよ この提灯に けして苦労は さしはせぬ
一丁目の端まで行かんかこいこい それからついて来い
ひょうたんばかりが浮きものか 私の心も浮いてきた
なんぼ四つ目の錨でも 轆轤で巻いてりゃ寄ってくる
嫌なら嫌じゃと 早よ言うておくれ 嫌なお前さんなら 添いはせぬ
池又菓子屋じゃ 日の出は餅屋じゃ いかんか来い来い
山は焼けても 山鳥飛ばぬ 可愛わが子にひかされて
墨染の 衣来てさえ 女に迷う ましてわしらは無理はない
ひょうたんばかりが浮きものか 私の心も浮いてきた
はあエジャナイカ エジャナイカ ヨイヨイヨイヨイ